12月25日 釧路中央図書館開館記念事業協賛会に寄付

釧路日中友好協会は金60,160円を釧路中央図書館開館記念事業協賛会(会長 足立功一)に寄付しました。
釧路中央図書館開館記念事業協賛会は一般財団法人くしろ知域文化財団に事務局をおき、新しく設置された釧路中央図書館の児童書の充実のために活動しています。

12月17日 近況報告会
会場 アクアベール

1.S氏 一般社団法人釧路責任者
 現在 鵡川町でタイの石炭公社による太陽光発電所建設工事を推進中です。釧路管内で地熱発電事業を、M不動産、N商事と合同で推進中です。釧路市音別町にタイの国際企業大手のEPCが用地を買収しました。来年から大規模な太陽光発電所を建設します。

2.K氏 不動産
 今回、社長に代わって会長の私が出席させていただきました。釧路の若手経済人がこの会合に揃っており今後も積極的に参加したい。釧路の不動産市況は完全に底をうち一部上昇に転じています。街中の中心市街地の廃墟ビルも解体が進み、再開発が本州資本で行われています。全国どこも停滞してるなかで釧路はようやく衰退と停滞のトンネルを抜けた印象をもっています。

3.S氏 外国人研修生事業、経営コンサル
 おかげさまで外国人研修生事業もベトナム人をもとに行い順調です。釧路、東京、札幌とビルを買収し運営しているが、釧路のビル経営がもっとも収益性が高い。釧路のビル収益性については大手メガバンクのM銀行大手町支店でも非常に高い評価をされていると聞きます。京都で町屋を買収しました。釧路日中友好協会の方には京都おいでの際にはご利用ください。

4.K氏 外国人研修生事業
 私は東京の外国人研修生事業の釧路責任者をやっています。たまたま転勤で釧路に来て釧路が好きになり釧路に定住することにしました。釧路での生活は景観の美しさと都市空間の広さ、生活の為の資金が少なく済むという点でどこか大陸的な街であると思っています。

5.K氏 解体業
 釧路の不動産を買って目立つように大きく再開発を推進してるのはいずれも名古屋資本です。
 名古屋の経済人のなかでは、名古屋は既にバブル、次にバブルになるのは釧路だと言われています。
 私も長年釧路に支店を設けて事業を行いようやく春が来たと思っている。釧路にバブルがやってくる。それはほぼ間違いないと思ってよいと思います。

6.H氏 建設業
 私 趣味は「本気で街づくり。」であります。
 来年は商工会議所青年部で、釧路を世界に発信するプロモーション事業を推進します。

7.F氏 IT
 以前の釧路のような停滞感、衰退と言うイメージから発展に大きく転換した印象を持ちます。私のような一人の事業者でも次から次へと仕事が紹介され消化しきれぬのです。

8.H氏 消火機器設置業者
 私は、この事業をやる前は佐賀県で職員として観光プロモーションをやっておりました。来年は釧路を世界にアピールするために事業化すべく取り組もうと思っています。

9.O氏 電子部品メーカー
 当社は、釧路に製造工場はありませんが、昨年から総額30億円ほど投資して、釧路でバイオガス発電事業、さらにフランス電力公社と協力しバイオガスの研究施設を釧路に設け、フランスからパリ大学の博士を2名駐在させております。フランスから釧路に移り住んだ研究員は釧路の風景がフランスと変わらないととても好評でして、鶴居村に住民票を移してフランスから家族を呼び寄せて生活しています。
 今後、釧路地方に、多くの企業が立地するという印象を持っています。

10.A氏 建設会社
 現在 釧路駅近くに20世帯の中高層賃貸マンションを建設中です。当社としては釧路への投資が今後さらに加速するとみており、一棟販売が可能とみて、20世帯の中高層マンションを3棟建設し、売却していく予定です。

11.R氏 精密機器メーカー会社員
 私は、縁があって釧路に会社を設立しました。ですが世界的な半導体の製造機器メーカーに勤めるサラリーマンです。
 釧路経済が今後も伸びると確信して釧路の不動産を少しづつ買収して賃貸で運用しています。父親が上見事務局と同窓で弁護士をやっています。
 現在 東京で国際弁護士として開業する準備をすすめています。

12.Y氏 税理士
 釧路日中主催での訪中団に私も参加させて欲しいです。

13.S氏 一般社団法人理事
 釧路経済の将来ビジョンの国際化、ダイナミックさを提言、実現してる当協会はいい方向に成長してると感じている。
 私の協会も少子高齢化、人口減少の影響を受けているが、釧路の状況を説明すると、貨物輸送車はここ数年プラス成長してるのです。このことは釧路が北海道の重要な物流拠点として成長してる結果であるということです。

14.N氏 司法書士
 今月 abc予想が真だとする望月新一 京都大学数理解析研究所教授の論文が公式に認められました。それからしますと、釧路が国際貿易拠点として発展するという意見は、明治以降の国是であったわけですが、敗戦後つい最近まで我々はそれを忘れていたわけです。中国政府が 一帯一路構想でアジアの北の玄関口として釧路港を挙げたことは、本来 我々 日本人の国是であります。これはabc予想の論文よりも実に簡単なものであります。

15.O女史 ホテル経営
 以前 当ホテルに宿泊した劉亜軍 中国大使館公使から、「「阿寒が世界三大温泉地」に選ばれて嬉しいですね。」というお言葉をいただきました。
 明治時代、前田正名氏が世界的な景勝地としてここは保全すると明治天皇から譲り受けた阿寒が、いまようやく世界的に評価され、さらに世界中から観光客が来るようになって私は嬉しく思っています。
 観光でもっとも印象に残ることって、人との出会いであると思っています。人との出会いは刺激的でかつ記憶に残ります。釧路日中友好協会を通して中国の方々との出会いは私にとっても、そしてこれから阿寒湖に訪問する観光客の皆様にとってもプラスの影響を与えてくれてると思います。

16.O氏 ホテル経営
 釧路市は日本でただ三ヵ所の観光立国ショーケースとして今まさに世界に発信してる都市であります。
 2020年の日本政府の目標値が大変高く、釧路の場合は、釧路空港の路線のキャパシティーが高まる需要に供給が追い付いていない状況にあります。
 航空各社もようやく釧路路線が極めて収益性が高いという事に気が付きだしましたので、今後さらに釧路空港の路線の充実が推進され、国家目標の達成がなされるものと期待しています。

17.L女史 宝飾品販売
 東京で宝飾品販売をしています。現在 日本の宝飾品販売市場は9割近くが中華系のお客様で支えられてる状況にあると思っています。いまや日本経済は、海外からの旺盛な購買力抜きにして経済を語れない状況になったと言えます。

18.D女史 外国語講師
 医療通訳をたまに対応しています。釧路は日本でもっとも医師数の少ない医療過疎地の真っただ中にある大都市です。ですから外国人患者も結構な数がきます。
 旅行保険未加入の問題、少ない医師で対応せざるをえない医療体制、解決すべき課題は多いと思っています。
 私は、釧路の裁判所で通訳したことはありませんが、旭川の裁判所で通訳したのですが、法律用語がわからず非常に苦労しました。
 釧路には専門語のわかる通訳が少なく需要があります。

19.K氏 食品卸売
 今年は釧路市内に新規開業の店舗が増えおかげで売り上げが伸びています。 長年酷かった腰痛も釧路の治療院に通ったら治りました。来年は釧路日中で訪中団を組織して私も参加したいと思っています。

20.K氏 政治家秘書
 体調がよくなりました。また道議も最近は本庁では釧路の話題が何かと多いと聞いています。北海道にとっても釧路は数少ない成長点であるという認識にあるということです。

21.N氏 不動産賃貸業
 釧路の不動産賃貸業は、当社のようなRC物件が少なく、安定した市場であります。
 最近は釧路市内で建設が増加した影響で、賃貸居住者数は増加してるような印象を持ちます。
 釧路日中友好協会は経済人が多く、近況報告会で経済動向が聞けるので、私も経営に好影響しています。
12月17日 12月例会

参加者28名
会場 アクアベール 


1.開会の挨拶 釧路日中友好協会会長 中村圭佐

本年12月3日 台湾の寺が釧路市に分院を設けまして釧路日中友好協会として協力させていただきました。
 済公という、財神、お酒の神でありまして、昨今
 アジアの北のゲートウェイとして急速に発展途上にある釧路にふさわしい神様が鎮座されたわけであります。
 釧路の将来ビジョンについては、まさにかつての東北海道の流通拠点から、アジアの国際貿易拠点へと大きく飛躍する年が本年であったと思います。
 今年は中国江蘇省から中日友好協会として政府要人が釧路を視察されて帰国したほか、日台協会による釧路と台湾との関係強化など、釧路経済の国際化を象徴するような動きと同時に、釧路の経済状況は今まさに建設ラッシュとなって表面化しております。
 5年後釧路は、東北海道最大の都会として過去にないほど大きく大都会らしく飛躍発展するものと思います。
 今年は北京の子供たちを釧路にきていただいて、アイスホッケーによる交流試合を企画しましたが、釧路への移動方法に大きな課題がありまして、事業を断念したわけであります。
 釧路は今まさに急速に発展途上にあり、釧路便の定員の制限、宿泊先の少なさなど、いずれもキャパシティが小さくそれが原因で経済成長に制限が生じているという状況にあります。
 釧路~羽田便の定員増、釧路市街地へのホテルの新規誘致はまさに釧路経済発展のための課題であると思っています。

2.北海道議会議員 小畑やすのり

 ここ数年の釧路経済の発展成長がいよいよ市民でも感じられるほどに釧路市内あちこちで建設ラッシュであります。
 釧路経済に大きく影響する酪農も、TPP対策として畜舎の新築、断熱化工事が急増し、釧路市だけではなく郊外の大酪農地帯もいまや大変な建設ラッシュにあります。
 建設業界は、いままさに「釧路バブル」と呼ばれるような活況下にあります。
 さらに釧路港がアジアのゲートウェイとして国際貿易拠点として飛躍的に発展する環境になりつつあります。さらに
北極海航路におけるアジアの玄関としての機能。
 この過去にないほどの大きな発展機会にある釧路をさらに大きく発展させる為に、私は釧路の実情を正確に北海道庁に伝え、釧路経済、さらに北海道経済を伸ばしていくことが私の役割だと思っています。

3.北海道議会議員 かさい龍司

 日頃より日中両国の友好親善に様々なシーンでご尽力されていることに敬意を表します。
 日中戦後70年という大きな節目を迎え、未来志向での両国の関係が一層必要であると考えています。
 そのうえで釧路日中友好協会の交流事業がとても活発であり、おおいに期待できるものと考えています。

4.本年度訪中団報告 田 野

 私は釧路日中友好協会会員になって2年目であります。そして中国人であります。
 このたび釧路市民の代表として、中国総領事館の招待で敦煌に行ってまいりました。
 私は中国の大学を卒業直後は、青海省で働きました。
 当時の様子と現在の様子は全く違うわけです。
 内陸の隅だった青海省が、国際鉄道の開通によって、一大物流拠点、一大製造拠点として大発展したわけです。
 その状況をみて、私はますます確信したわけです。
 釧路は大発展するなと。
 ただ釧路では、あらゆる点で遅れてるわけです。外国人観光客が年間15万人もくるのに決済できる店が非常に少ない。これでは欲しいものも釧路で買えないわけです。
 釧路地域は決済手段の近代化が求められます。
 さらに釧路のよさが全然国内にも世界にも知られていない。
 釧路市は住んでよし訪れてよしの街なのに、情報を発信しなければまずもって訪れることもないわけです。
 そういう意味で釧路は自分の街の価値に気が付かない。とくに行政にそのような姿勢を感じがっかりさせられます。
 この都市は放っておいても今後急速に発展するでしょう。しかししっかり行政が、市民が それぞれ主導権をもって発展させないと、素晴らしい大都市にはならないと思っています。
 もはや釧路の発展成長は既定の事実であります。
 釧路に住む我々が暮らしてよかったと思える大都市に発展させていきましょう。

5.乾杯 釧路日中友好協会副会長 大西雅之
 
 中国は国策として中国国内の温泉開発を推進しています。
これは中国国内の観光振興策、環境汚染に苦しむ国民の健康促進を目的が背景にあります。このことが背景としてあり日本への団体旅行規制が行われています。
 そのような背景下、欧州の世界温泉健康養生協会のフォーラムが今年はじめて中国明月山で開催されました。
 そして阿寒湖温泉が世界最優秀温泉賞を受賞しました。(2017.10.06 各紙報道済)
 さらに大変ありがたいことに、世界の10大リゾートに阿寒がアジアで選ばれ、私が経営する鶴雅が「国際優秀目的地賞」を受賞しました。
 中国にも日本とは異なる独自の温泉文化があります。
 日本人が想像するスパがそれに近いものでありますが、心静かに温泉に浸かる日本の温泉文化に尊敬と注目する中国の姿勢には感激しました。
 今回、私は、知り合う事の素晴らしさ、交流の必要性を感じました。
 釧路の素晴らしさ、美しさ、住みやすさはまさに充分に国際競争力があります。
 この素晴らしい環境を活かし、釧路をますます発展させていきたいと思っています。



6. 懇親会

7. 閉会の挨拶 釧路日中友好協会理事 鈴木豊治

 私は当協会発足時からのメンバーであります。
 釧路青年会議所による自発的な民間協会設立がどのようになっていくのか?正直ずっと関心がありました。
 今日は、若手経済人が多く集まり、私は確信したわけです。
 釧路経済は今後飛躍的に伸びるなと。
 私の役割は、あなた方若者のサポートをすることだと思っています。
 あなた方の想い行動をかたちにするサポートをすることが、釧路の発展成長に大きく寄与するからです。
 釧路地域は長い長い不況と停滞のトンネルにありました。しかしいまや明確に釧路の経済は伸び釧路の未来は明かるいのであります。
 会員皆様と釧路の今後ますますの発展を期待して、ここで三本締めで終了させていただきます。

 


 


10月14日~21日 一帯一路(シルクロードでみる新局面) 

在札幌中国総領事館主催の訪中団に釧路市民を代表し、10月14日~21日の期間 釧路日中友好協会会員 田野女史を派遣しました。
田野女史は釧路公立大学、国立釧路高専で中国語講師を務めています。
田野女史から、このたびの訪中団の報告書が届きましたので皆様に公開させていだきます。


日中国交45周年を迎え、札幌総領事の招待に応じて、北海道日中友好協会一行14人がシルクロードの一部を辿りました。昔輝いた王朝の歴史を学習し、近代中国30年間の発展を実感しました。20年前、私は中国の大学を卒業し、辺境支援のため、青海省で働きました。当時は交通状況が悪く、実家に帰るには、蘭州で宿泊しなければなりませんでした。当時この地は工業地帯で、大気汚染が進み青空が見られないような状況でした。現在は澄み切った青空になり、空気も澄んで素晴らしい環境になっています。今では世界で56の友好都市になり、驚く程近代化された国際都市になっています。一帯一路」の構想に基づき、さらに素晴しくなっていくのが楽しみです。

 シルクロードは古代亜欧通商の貿易道でした。古今の歴史の中で大きな影響を及ぼしてきました。現在はアジア、欧州、アフリカを含めた一帯一路は陸及び海洋の経済文化交流の環境を作り出そうとしています。安倍首相は「一帯一路」に条件が熟成したら日本も協力していきたいと表明しています。一帯一路構想には北極海航路や北米航路もあり、欧州、ロシア、日本、中国を通るルートも想定され、中国では「氷上シルクロード」と呼んでいます。釧路港はアジアの玄関口に当たり、北のシンガポールという位置づけになります。国際バルク戦略港湾に選定された釧路港や釧路空港を抱え、東北海道の社会、経済、文化の中心的機能を担っています。この様なことからこれからの釧路の発展が期待されます。

札幌領事館は長期にわたり日中友好に大きな貢献が果たしてきました。この度皆さんと共に西北の旅においては、中国の日中友好協会の方とも交流でき大いに勉強になり、有意義で楽しい時を過ごさせていただきました。今年は≪日中友好条約≫締結40周年になります。北海道日中友好協会は、これより早く1964年に結成され52年間の長期にわたり日中友好親善交流を行い、大きな貢献を果たしてきました。

 この度の旅行では私は祖国の国賓となれたのがうれしく光栄なことでした。これを機会に釧路人として、また中国人として釧路、祖国中国そしてかつて暮らした中国西北地域何れもアピールしようと考えました。実は日常生活で、私はどこの人?自分の家はどこにあるのか?と自問することがあります。長く暮らしている外国である日本と長く離れている祖国中国がありますが、時々自分の住むところがどこにもないのではという寂しさがありました。ですが、この度ご一緒させていただいた日中友好協会の方々と仲良く、そして楽しく過ごさせていただき、この日本の仲間の中に自分の存在を感じることができ、日本は我が家、中国は実家のような存在として、どこでも大切な家という気持ちになることができました。

私は経済、産業、観光などの面から釧路をアピールしました。ほかの方は日本語から中国語へ通訳を含めて一人35分の発言時間でした。私は通訳を介さずに中国語で7分間以上発言したにも関わらず、時間足りないと嘆いていたと他の方に言われました。

敦煌でラクダに乗る訪中団一行

訪中団~北海道日中友好協会 会長 青木雅典(北海道商工会議所連合会特別顧問)氏を団長とする北海道の政財界代表者を派遣。
10月16日 甘粛省人民対外友好協会と座談

北海道日中友好協会会長 青木雅典と甘粛省人民対外友好協会 専職副会長 劉暁林 

経済成長の目的達成には、流通拠点化が重要な鍵となることが話題となる。
釧路日中友好協会 会員 田 野 女史から、釧路市の国際バルク戦略港湾と産業誘致に関する資料、釧路地方の観光ガイドが甘粛省人民対外友好協会に手渡された。



10月14日~21日 札幌領事館代表訪中団

中国札幌領事館の招待で北海道日中友好協会による代表団が組織されました。

目的地ほか 蘭州 甘粛省人民対外友好協会との面談、会食を行う予定。

参加者 

団長 青木雅典 北海道日中友好協会会長 北海道商工会議所連合会特別顧問 札幌商工会議所特別顧問
副団長 坪野久美子 北海道日中友好協会副会長
秘書長 小山寛 北海道日中友好協会事務局長
副秘書長 長瀬薫 旭川日中友好協会事務局長
団員 佐藤幸子 小樽日中友好協会会長 小樽商科大学名誉交友
団員 大場修 網走日中友好協会顧問 元網走市長
団員 古田冨美子 恵庭日中友好協会会員
団員 神原富三夫 浦河日中友好協会事務局長 浦河町議会議員
団員 国分正義 岩見沢日中友好協会会長 元岩見沢市議会議員
団員 吉川正子 十勝日中友好協会婦人部長
団員 田 野  釧路日中友好協会会員 中国語非常勤講師(釧路公立大学、釧路短期大学、釧路工業高等専門学校)
団員 白井俊  いしかり日中友好協会会員 石狩副市長
団員 五島震二 札幌日中友好協会会長代行兼副会長
通訳 劉暁娟  NPO札幌日中友好協会事務局長

以上

 
12月17日 12月例会

会場 アクアベール
12月17日 午後6時半から 会費10,000円

ゲスト ym I ユミ

カリフォルニア州立大学を卒業後、現地で就業後日本に
帰国。
現在 歌手活動を主に、モデル、テレビやラジオなどのタレント/MC業などもこなす。

(ym I ユミさんが持ってる絵本は、釧路動物園が舞台の絵本『キリンがくる日』 著作 志茂田景樹 ポプラ社)

→10月17日 19時からFMくしろ にてユミさんの声が放送されます。お聞きください。


画像公開 ymI 本人承認済(2017年10月5日付)
7月17日 『釧路の発展成長と中国』釧路新聞

7月18日 釧路新聞社承諾済(担当 馬場)

『釧路の発展成長と中国』 北極海航路注目 ビジョン再構築を

 今年322 中国江蘇省人民対外友好協会から6名の訪問団が来釧したことは、すでに全国で報道されたのでここでは言及しない。まずは釧路日中友好協会について説明させていただきたい。当協会は日中友好7団体と呼ばれる日本と中国両国の公式友好団体のひとつ(公社)日本中国友好協会(会長 丹波宇一郎)の地方組織にあたる。当協会の歴史は古く日中国交正常化以前1952年釧路市に設置され200412月に解散した一代目組織がある。当時日本の国策に基づき発足したもので中国へ水産品、木材、硫黄を輸出していた。
 現在の協会2011年(社)釧路青年会議所と釧路商工会議所の一部協力で新たに発足した。その背景は2011釧路港が国際バルク戦略港湾として指定され東日本を代表する国際港湾に発展することが予測されたことがある。各国との外交チャンネルを構築し道内を代表する国際港湾都市として釧路の発展が道東、日本の産業発展に大きく貢献できると考慮したからである。当時 草野満夫労災病院長(当協会初代会長)が釧路に着任したという偶然が当協会発足の大きな始動に繋がった。草野氏はガンのセンチネル治療における日本の権威であり、江沢民氏の母校たる名門の上海交通大学医学部客員教授であったからである。時を同じく日中関係は政治的に悪化し活動は非常に困難であったが、草野氏の「上見君まさに今がチャンスだ」これが私の原動力となった。

 さて釧路の経済動向は2013101日日銀短観で那覇+25)、釧路(+11)、全国(+5と釧路は国内第2位の景況感を叩き出した。ハローワークの有効求人倍率は201410月に1.0倍を超今では深刻な人不足である。つまり釧路経済は今まさに好調だ。

 かつての原野、丘陵、港湾に忽然と巨大な太陽光発電所や流通センター、大規模な天然ガス基地、植物工場が出現している。これらは数十億円、数百億円単位で投資され、いよいよ都心の再開発もはじまった。

 しかし中国から釧路への本格的な投資は依然皆無である。従って日本の大企業による釧路への旺盛な設備投資が釧路をプラス成長させているのである。さらに2017年長距離トラック輸送の規制が釧路の優位性を高めた。それまで苫小牧港が北海道の物流拠点として道内を網羅し道東は帯広が二次流通拠点であった。しかし今や道東の物流拠点は釧路港である。通行料無料の道東道は帯広の流通拠点の地位をただただ下げるだろう。釧路経済の好調は釧路の自律的な動きである。

 そこに「北極海航路」というまた大きな機会が釧路に舞い降りてきたのである。

 さて100年以上前、石川啄木は「釧路は北海の要港なり。」と表現した。1900年鉄道もない釧路に中井三郎兵衛氏(現在の日本紙パルプ商事)が資金を拠出し設立したのが、日本製紙釧路工場の前身「前田製紙合名会社」(道内最初の製紙工場)である。これは前田正名氏が明治政府に提唱した殖産興業政策を自らかたちにしたものであった。原料、労働力を釧路に求め、将来的に北米に輸出を構想していたのかもしれない。当時の釧路は単なる原野で、そこに実に壮大なる計画を実現した。この大事業が旧丸三鶴屋百貨店の出店に繋がるなど、その影響は大きい。明治の日本人は世界の大勢をみていたわけだ。さて釧路の前田製紙に投資した日本紙パルプ商事が、100年後今度は釧路市音別町に100億円を投資して釧路市最大の釧路音別太陽光発電所を実現し、エコパワーJP(資本金122,250万)は私の経営する上見ビルに置かれている。

 私はビジネスの基本は「知恵、人脈、健康」の三要素であると思っている。孟子の言葉にも「天時不如地利 地利不如人和」というのがある。いまや日本の3倍以上となるGDPとなった経済大国中国が、その新たな経済政策に「一帯一路」構想を掲げ、釧路沖を通る北米航路、北極海航路は重要性が増している。そのなかで中国政府が釧路港に注目したことは不自然ではない。むしろこの機会を大いに活かし、日本民族自らがこの釧路の発展成長ビジョンを再構築することが求められる。

 つまり単なる地方都市から「北の釧路、南のシンガポール」が世界の大勢である。経済統計みても釧路にもはや衰退という2文字はない。この経済環境の変化を理解し自ら前進する者だけに未来は明るいと思ってよいと思う。

2017年7月17日 釧路新聞 文化面記事より(釧路新聞社 7月18日承認済)
6月14日 李捷生 経済学博士 釧路視察

停滞する北海道経済のなか、国際港湾物流拠点として近年目覚ましく経済成長に転じた釧路市の状況を把握することを目的に、釧路日中友好協会が招聘し、大阪市立大学大学院創造都市研究科教授 李捷生 経済学博士が釧路を訪れ市内各所を視察した。
今後 学問的見地から釧路市の経済成長モデルについて具体的意見を検討中。

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